「私の好きな言葉に、『早く行くなら一人で行け、遠くへ行くならみんなで行け』っていう言葉があって。宇宙開発って、みんなで遠くに行く仕事だと思っています」
そう話してくれたのは、国際宇宙ステーションで行われる実験のコーディネーターとして勤務されている、梅村 さや香さん。
「昔からずっと宇宙が大好きで。子供の時の夢は宇宙飛行士でした。宇宙で仕事するって、かっこいいなと思っていて。宇宙って知らないことがたくさんあるから、どんなに学んでも、さらに学ぶことがあるのが魅力的だと思うんです」
取材にご協力くださった梅村さん
ずっとやりたかった仕事をつかんだ梅村さんは、トーストマスターズでもご活躍されている。2021年のスピーチコンテスト全国大会では、日本語と英語の両言語で準優勝。日本語のスピーチは育児のご経験を、英語のスピーチはアメリカ駐在のご経験をもとにしており、梅村さんの前向きなお人柄が伝わってくるものだった。
日英両言語の準優勝トロフィーを抱える梅村さん
育休中に「美しい英語」を目指して始めたトーストマスターズ
梅村さんがトーストマスターズに興味を持ったのは、3年間の育休を取得されていた時だった。
「休んでいる間に何かできることがないかを、当時の上司に相談したところ、『美しい英語を話せるようになるといいね』いう言葉をいただきました。さまざまな国籍の人とコミュニケーションを取る仕事なので、美しいというのは、言いたいことをちゃんと伝えられるようにということだったと思います。独学では英語を話す機会が限られるので、アウトプットの場を探していたら、トーストマスターズにたどり着きました」
梅村さんが入会したのは、東海トーストマスターズクラブ。旦那さんが子供を見てくれる週末の時間に活動していて、活動場所も家から近く通いやすかったそうだ。
「東海トーストマスターズクラブには、素敵な人ばかりでした。スピーチはもちろん上手なんですけど、老若男女いろんな人がいて、考え方や知識も幅広かったんです。また、クラブには、フィードバックを大切にする文化がありました。フィードバックが、クラブの定例会中だけではなく、定例会後の食事会でも続いていて。あのスピーチのここがよかった、あそこは改善できたのではなど、みんなでずっと議論していたんです。このクラブは楽しいなと思って、活動を継続することができました」
東海トーストマスターズクラブでの活動
トーストマスターズで得られた度胸、価値観の理解
梅村さんは、トーストマスターズクラブの活動で得られたことについて話してくれた。
「まず、度胸がつきました。たくさんの人がいる前でも緊張しなくなったのは大きかったです。クラブに入会したばかりのころは、人前でスピーチする時も膝がガクガク震えていて。レクターン(演台)があってよかったと思いました。足が隠れてくれるので。数をこなしていくうちに、練習すればできるようになるという経験ができたんです。加えて、フィードバックを通じて、話すときの間、伝え方、使う言葉などを工夫すれば、話が伝りやすくなるのを学びました。フィードバックでは、改善点だけではなく、『あそこよかったよ』と頑張ったところを認めてもらえるのも励みになったと思います。仕事でも年次が上がるにつれ、人前で話す機会が増えてきて、トーストマスターズでの経験を生かすことができました」
入会当初に目指していた、伝える力の向上以上に大切な学びもあったという。
「英語力やスピーチ力の向上はもちろん大切なんですけど、一番大切なのは、やっぱり人だと思っています。トーストマスターズの活動を通じていろんな人に出会うことができ、スピーチではその人の内面やバックグランドまで知ることができます。仕事では、そこまで深く聞く機会は限られていると思うんです。新卒からずっと宇宙関連の仕事を続けていると、宇宙が好きなのは当たり前、国際宇宙ステーションは知っているのが当たり前という世界でした。トーストマスターズには、研究者や銀行員など、いろんな職業の方もいて、主婦の方もいらっしゃいます。宇宙のことはあまりご存知ない人もいて、一人ひとりがいろんな考え方や知識をお持ちでした。そうした人たちとの出会いを通じて、自分が当たり前だと思っていた以外にも世界はあるんだと、視点を広げることができたんです。さまざまな価値観に触れることで、仕事でも『そういう考え方もあるんだろうな』と受け入れることができ、周りの人ともうまく連携して働きやすくなったと感じています」
失敗が許される場で磨く企画力
梅村さんは、育休後、職場復帰されてからもトーストマスターズの活動を継続した。3年間のアメリカ駐在中も、お仕事が忙しく活動時間は限られつつも、活動を続けられたそうだ。
帰国後、2020年に入会したのが、現在も所属されているファンタジスタトーストマスターズクラブ。活動を続けられている理由について話してくれた。
「楽しいからです。ファンタジスタトーストマスターズクラブは少し特殊で、毎回、プロデューサーという進行役が、活動内容を企画しています。最近の活動では、例えば『池上彰さんになりきって世界一受けたい授業をやってみる』という内容で、宗教や中東に関するレクチャーが行われ、参加者が質問を次々と投げかけました。国際情勢について理解を深めるだけではなく、よい質問とは何かを議論しました。私がプロデューサーになって、宇宙飛行士から学ぶリーダーシップを取り上げたこともありました。クラブのメンバー一人一人が企画してくれるので、独自性が高く、毎回新しい発見があるんです。失敗をよしとするクラブなので、実験場にもなっています。企画がうまくいかなかった時も、企画の趣旨がよくなかったのか、進行に改善の余地があったのか、準備が不十分だったのかなど振り返りを大切にしていて。仕事ではなかなか失敗できないじゃないですか。失敗が許され、失敗から学ぶことができるのも、トーストマスターズの魅力だと思います」
ファンタジスタトーストマスターズクラブでの活動
コンテストに挑戦し続ける理由とは?
トーストマスターズのコンテストは毎年開催されており、通常の定例会とは別にスピーチの準備・練習が必要だ。お仕事・育児とお忙しいなかでも、コンテストに挑戦し続けている理由について伺った。
「コンテストを通じて、スピーチが変わっていくのが分かるからです。コンテストは、クラブ内の予選が1月に始まり、全国大会は5月。4か月間もずっと1つのスピーチと向き合います。このスピーチで、自分は何を伝えたいのか、自分一人で考えるだけではなく、フィードバックから気付くことは多いです。周りから『なんでここを入れたの?』と突っ込まれた時、どうしても削りたくないこともあって、そっか、これを伝えたいからなんだって」
1つのスピーチを通じて、自分の内面と向き合うことの重要さについても話してくれた。
「自分が経験したり、思ったりしたことって、何もしななければ忘れちゃいます。スピーチにしたことって、忘れないですよね。ずっと心に残り続ける思い出を作ることができるのかなって。それだけじゃなくて、とことん突き詰めた自分の核となる価値観を知ることもできるんです。例えば、2014年に全国大会で3位に入賞した時は、今を一生懸命生きるというメッセージでした。自分が大切にしていることが見えてくると、判断に迷う時にちょっとした拠り所にもなります。プレッシャーに負けそうになった時も、自分はこれを大切にしているんだから頑張ろうと、自分を励ますこともできました」
2014年全国大会の表彰式
育休中に美しい英語を目指して始めたトーストマスターズ。英語力・スピーチ力・企画力といったビジネススキルを向上させただけではなく、周り人たちやご自身の価値観への理解を深めるきっかけにもなったようだ。
美しい日本語で、楽しくお話しくださった梅村さん
「早く行くなら一人で行け、遠くへ行くならみんなで行け」という言葉を大切にされている梅村さん。取材中に、人との出会いを大切にしてきたことが伝わってきた。その人との出会いこそが宝物で、世界を広げてくれたという。お仕事も育児もトーストマスターズも、何事にも熱心に取り組んでいる姿勢も印象的だった。これからのさらなるご活躍が楽しみだ。
(取材:木地 利光、撮影:栗本 朋子)