できることを増やしたい、仕事でもトーストマスターズでも挑戦し続けた人事のスペシャリスト

トーストマスターズの日本支部で2023年度の代表を務める宮脇貴英さん。大手資産運用会社の人事部門でグローバルヘッド兼本部長と、お仕事でもご活躍されている。

宮脇さんがトーストマスターズを始めたきっかけは、社長からの叱責だったという。2013年に務めていた外資系の生命保険会社で重要なプロジェクトを任され、取締役の前でプレゼンテーションのリハーサルをした時のことを話してくれた。

「壇上に上がった時、極度の緊張で汗が止まらず、何も話すことができませんでした。オーストラリア人の社長からは『I’m so disappointed』と、お前ならできると思っていたのにがっかりしたとまで言われてしまったんです。悔しさと恥ずかしさを感じていたら、社長が続けて言いました。『トーストマスターズに行きなさい。私の人生もそこで変わった。あなたも変われる』」

取材にご協力くださった宮脇さん

散々だった新人戦

宮脇さんは、インターネットでトーストマスターズについて調べ、会社から1駅だった新橋トーストマスターズクラブの定例会を見学しました。

「見学してみたら、周りの人がすごすぎて圧倒されました。スピーチは上手だし、司会進行も堂々としていて。最後まで入会するかどうか迷いましたが、一緒に見学していた人が『入会します』と宣言したのにつられて、私も入会すると言ってしまったんです。それでも入会してみると、クラブの雰囲気が暖かくて続けることができました。スピーチの時は拍手をしてもらえます。聴衆からは反応も得られるし、良いところをほめてもらえるので、続けるモチベーションになりました」

入会して1回目のスピーチを終えたばかり頃、宮脇さんはスピーチコンテストに初めて挑戦することになったという。

「東京都と神奈川県のクラブで新人戦が開催され、クラブの代表として参加することになりました。これがグダグダで。数百人は入れるような大きな会場でのコンテストで、緊張しすぎて手足が震えてしまったんです。内容も人生の一部分を切り取っただけで、なんてくだらないスピーチをしてしまったんだと落ち込みました。他の人のスピーチは、ステージを大きく使って楽しませるものもあれば、面白い情報を提供してくれるものもあって。なんで自分はできないんだろうと悔しさから奮起して、スピーチに真剣に取り組むようになりました」

宮脇さんが取り組んだのは、トーストマスターズのプログラムに沿ったスピーチ練習。

「新人戦を終えてから、しっかり原稿を書いてスピーチに臨むようになりました。プログラムごとにボディランゲージやビジュアルエイドなどテーマが設定されていたので、今回のスピーチではこれを試してみようと具体的に考えることができたと思います。何年、何十年もトーストマスターズを続けているベテランの先輩方からフィードバックをいただくこともできました」

新橋トーストマスターズクラブでのご活動

全国大会への挑戦

1年後の2015年、宮脇さんはスピーチコンテスト全国大会に挑戦しました。

「新橋トーストマスターズは日本語のクラブなので、クラブ内の予選会でも日本語でスピーチしました。トーストマスターズを勧めてくれた社長から『人前で話すのは言語の問題ではない。言語が分からないと余計な緊張をするので、まずは母国語で学びなさい』と言われていたので、日本語のクラブを選んでいたんです。ところが、クラブの先輩から『いいスピーチだけど、日本語よりも英語でしたほうがいいんじゃないの』と言われて、コンテストは英語で挑戦することにしました」

クラブ内予選会の次に開かれた地域のクラブの大会を通過してから、全国大会に向けて鬼の特訓が始まったという。

「クラブの練習では、たくさんの人からフィードバックをもらうことができました。練習の後も近くの居酒屋で、どうしたらスピーチが良くなるのかずっと話していて。先輩からの助言で所属クラブ以外にも練習に行きました。所属クラブとは別の視点から、新しい学びを得ることができたと思います。スピーチって、こうやって作り直すものなんだと知りました。作り直すたびにどんどんよくなっていくのも感じることができて。全国大会の前日はパーティーが開催されていましたが、会場近くの外のベンチで先輩と一緒に原稿を作り直していました」

宮脇さんは、その年の全国大会で準優勝。当時の思いについて話してくれた。

「大会に向けて練り上げたスピーチだったので、達成感がありました。聴衆から笑いなどの反応も得られて。妻と娘も見にきてくれて、スピーチを楽しんだみたいです。娘は当時まだ7歳だったのですが、スピーチに興味を持ってくれて、一緒にトーストマスターズの大会に参加してくれるようになったんです。高校生となった今でも、ユースリーダーシッププログラムに参加するなどスピーチを学んでいます」

ご家族との準優勝の記念写真

企業内クラブの立ち上げから、全国大会の実行委員会まで幅広く活動

2015年に大手損害保険会社に転職した際、人事部員から企業内クラブの立ち上げを打診されたという。

「転職先の人事部員からトーストマスターズを知っているかと聞かれました。ちょうどクラブを立ち上げることが決まっていたみたいで。立ち上げ前にデモ例会を開催したら、70人以上も社内の人が集まってくれて、めちゃくちゃやる気があるんだなと。知り合いのトーストマスターズ会員も手伝いにきてくれて、2016年1月に無事立ち上げることができました。いろんな人を巻き込みながら立ち上げられたので、達成感は大きかったです。周りの人と協力し合いながら、さらにいろんな人と出合い、結びつきを強めることができたと思います」

企業内クラブの立ち上げ記念例会

立ち上げにやりがいを感じた宮脇さんは、トーストマスターの友人に誘われて、2016年にもう1つクラブを立ち上げました。人とのつながりが増えていき、2018年と2019年には2年続けてスピーチコンテスト全国大会の実行委員として運営に携わっています。

宮脇さんが大切にしている価値観について教えてくれた。

「誘われたら断らないことを大切にしています。クラブの立ち上げも、全国大会の実行委員会も、誘われて引き受けることにしました。今担当している日本支部の代表も、全国大会を一緒に運営した仲間から声を掛けてもらったのがきっかけになっています。それは、自分のできることを増やしたいからです。若い人に必ず言うのは、『それ、私がやっておきましょうかと自分から手を挙げるんだよ。上司や先輩は無理だと思ったら、お前には無理だと言ってくれるので。やれそうな時だけ、やってみろと言ってもらえる』ということ。やってみてうまくいったら自信になるし、うまくいかなくても次はどうやったらうまくいくのかを考えることができます。やっておきましょうかということで、できることが増えていき、どんどん仕事を任せてもらえるようになるんです」

全国大会の物販をお手伝いする娘さん

トーストマスターズの活動で得られた経験

宮脇さんに、トーストマスターズの活動ではどういった経験が得られたのかを伺った。

「ちゃんと話ができる、話を聞けるというのは基本的なスキルで、持つと武器になるとは分かっていました。それでもあがり症で、人前で話すのがすごく苦手だったんです。今でも苦手意識はあって、得意になったとは言えないのですが、トーストマスターズの経験で慣れることはできたと思います。スピーチの練習の時だけではなく、定例会で進行役を担当する時も人前で話す練習ができました。ずっと人事の分野でキャリアを積んできたので、人事制度の説明会や採用のイベントなど人前で話すことが多く、トーストマスターズの経験が役に立っています。また、トーストマスターズの論評というフィードバックでは、まずはスピーチのよかったところをほめてから、こうすればもっと良くなるよとスピーカーが前向きになれるように言葉をかけることを学びます。私は人事なので社員の評価プロセスに責任があり、被評価者にフィードバックを受け止めてもらうためには、どのように伝えれば効果的なのかを考えなければなりません。論評の練習は、フィードバック力を高めてくれたと思います」

クラブの立ち上げだけではなく、日本支部の代表を務めるなど組織運営に関わったのも、貴重な経験となったという。

「会社にはいろんな人がいて、必ずしも自分が期待するように動いてくれる人ばかりではありません。それでも立場上、そうした人たちをまとめていくことが必要なわけです。トーストマスターズでも運営に携わると、いろんな人と一緒に活動することになります。そういった経験を会社以外でも積むことができたことが、仕事で人をまとめて成果を上げていくための糧になりました。会議の進行の際にさまざまな意見が出てくるのも、仕事もトーストマスターズも同じだと思います。時間を管理して、参加者の意見を受け止めつつ、結論まで持っていかなければなりません。スピーチに限らずひとつひとつのトーストマスターズの経験が、仕事に生きていると感じています」

どんな質問にも、ご丁寧に答えてくださった宮脇さん

仕事でもトーストマスターズでも、できることを増やそうと積極的に行動してきた宮脇さん。その積み重ねがあってこそ、今これだけご活躍されているのではないだろうか。最後に、トーストマスターズの活動についての思いを話してくれた。

「トーストマスターズでは、いろいろな経験ができます。幅広い年齢層の人とフラットな関係で活動できるのも魅力です。プレゼンを上達させたいのか、組織運営を学びたいのかなど、目的を自由に決めて活動することもできます。今回の記事を読んで、新たにトーストマスターズの活動に興味を持ってくれる人が増えるとうれしいです」

(取材:木地 利光、撮影:栗本 朋子)