優勝スピーチのメッセージが生み出した共感と勇気

「いろんな人が受け入れられる社会になってほしい」
2023年5月に開催されたトーストマスターズのスピーチコンテスト、日本語の部で優勝したのが田畑葉子さん。優勝者インタビューで田畑さんから出た言葉だった。
(参考:田畑さんの優勝スピーチ動画

優勝トロフィーを抱える田畑さん

スピーチに込めたメッセージ

優勝は誰にとってもうれしいことのはずだ。田畑さんはうれしくなかったのだろうか。田畑さんは、コンテストへの思いを話してくれた。

「伝えたいメッセージがあったからコンテストに出場した。優勝を目指していたわけではない。トーストマスターズではあまり語られてこなかったテーマのスピーチだったので、どんな風に受け止めてもらえるのかが興味があった。関係ない話と思って切られるのか、それとも共感してもらえるのか。優勝は、たくさんの人がよかったと言ってくれた結果かなと。メッセージが届いてよかった」

やはり、メッセージへのただならぬ思いがあったようだ。田畑さんの優勝スピーチは、自身が同性愛者であることを開示し、「普通とは何か」を問いかけるもの。田畑さんのスピーチは、性的少数者以外の話も散りばめられていた。目玉焼きにかけるのは醤油かソースかといった身近な話題から、男女雇用機会均等法が施行される前の時代のことまで。

田畑さんは、メッセージを伝える手段として、スピーチの持つ可能性を感じることができたという。

「性的少数者として不合理だと感じたり、どうしてそんな風に言われなきゃいけないんだと思うこともたくさんある。でも、それって性的少数者だけじゃなくて、他にもいろんなひといるよねと、共通のものがあるはずだと。自分たちはこんなに困っているんだと声高に叫ぶ方法も、もちろんある。なんだけど、お互いの人が共感を持って他人のことを見ることで、違った世界に見えるはずだと思った」

コンテストを通じて、反応があることもスピーチの奥深さだと田畑さんは感じていた。

「たくさんのコメントをいただけた。『自分の子どもに発達障害があり、普通って何と考えていたので、共感するところが多かった』『会社でいつも一般常識として当たり前だろ、普通だろとずっと言われていて、私の普通とは違うのではとモヤモヤしていたことを言葉にしてもらえてよかった』など。聞き手にメッセージが届いたんだと感じることができた」

取材時の田畑さん

1回目の挑戦でつかんだ優勝

田畑さんは、今回が初めてのコンテストへの挑戦だった。トーストマスターズに入会したのは、2020年の5月。コロナ1年目の外出自粛の中、オンラインで参加できるイベントを探していて、友人からトーストマスターズのことを紹介してもらったそうだ。活動を初めて3年目に、所属クラブの会員から勧められてコンテストへの参加を決めた。

初出場で優勝できたのには、何か秘訣があったのだろうか。田畑さんは、スピーチに臨む際の心構えについて教えてくれた。

「スピーチに限らず話すときはいつも意識していることで、しゃべって自分が気持ちいいではあまり意味がないと思っている。元々建築の設計の仕事をしていて、プレゼンの際には相手に届くよう内容を説明しなければいけない。相手が分かっているか反応を見ながら話を組み立てる。いきなりこの話をしたら分からないんだったら、もう一歩、二歩くらい手前から丁寧に説明している。キャリアの中で鍛えられたところはあると思う」

コンテストでクラブ内予選から地区大会、全国大会へと上に行けば上に行くほど多くの人にスピーチを聞いてもらえるんだと、スピーチ磨きに励んだという。

「所属クラブだけではなく、他のクラブでも練習し、フィードバックをもらった。あれこれ言われて、一瞬カチンとくることもある。ここまでスピーチができているのにと。でも、分からないと言っている人が目の前にいるなら、工夫の余地はあるのかなと思った。フィードバックを踏まえてやってみると、やっぱりよくなる。面白いんですね。自分ひとりで考えていると分からない視点に気付くことができて」

心理的安全性を感じられる居場所でのスピーチづくり

田畑さんが所属するのは、東京レインボートーストマスターズクラブ。クラブについても、田畑さんは話してくれた。

「日本で唯一のLGBTQとアライ(支援者)のための活動クラブとなっている。当事者たちのコミュニティとしての意味合いが強い。コミュニティの友達が増えて、定期的に会えるのが魅力のひとつ。心理的安全性があるクラブで、どんな反応が来るだろう、嫌な質問が来たらどうしようなど不安を感じることなく、メンバーは自分のことを話すことができる」

東京レインボートーストマスターズクラブのメンバーたち

また、田畑さんはスピーチをつくる過程そのものに価値があるという。
「自分の話をまとまった形で伝えようと思うと、自分の頭の中で出来事をもう一度振り返って経験してみることになる。その出来事が自分の人生でどういった意味を持つのか、その時に自分の感情がどんな風に動いたのかなど。そこが見えてくると、どのように話を展開していけば、他の人たちに理解してもらえるのかを考えることができた」

トーストマスターズの枠を超えて

コンテストの優勝は、田畑さんの行動を変えるきっかけになったという。

「今勤めている会社で、多様性への取り組みの一環として、LGBTQの当事者の会を作ろうということになっている。当事者として、自分から手を挙げて名前と部署も公開して参加してみることにした。どの部署の誰が話しているかをオープンにすることで、他の人たちの理解が広がっていくといいなと。今回の優勝が、背中を押してくれたのもある。コンテストスピーチがオンラインで公開され、吹っ切れたんだと思う。優勝で自分の話は理解してもらえるんだと、自信を持つこともできた」

田畑さん(右)と須田さん(左)

パートナーの須田きくみさんも、田畑さんの優勝について話してくれた。
「自分がレズビアンだと自覚するようになった頃から、将来自分がこういう風になりたいというロールモデルを探しても、日本の中にはいないようだった。今回、葉子が優勝したことをLGBTQの友達に伝えたところ、『名前も顔も本名も出して、オンライン動画で性的少数者であることを開示する人がこんなに身近にいると知って勇気づけられた。自分はそこまではできないけど、頑張って生きていきます』といったコメントを20代など若い世代の友達からたくさんもらった」

多くの人の共感を呼んで優勝した田畑さんのスピーチは、トーストマスターズの枠を超えて勇気を生み出しているようだ。「普通」について問いかけたスピーチが、「普通」ではない影響力を発揮していくのではないだろうか。

(取材:木地 利光)