派遣事務職から売れっ子フリーランスに、人生の転機となったトーストマスターズ

「トーストマスターズで、一番人生が変わった人だと自分では思っています。元が派遣社員だったという意味では、振れ幅が大きいかなと。それが話すことを直接教えるだけでなくて、YouTubeやLinkedInでもスピーチ講座を配信するまでになってしまって。トーストマスターズをやっていなかったら、今何をしているんだろうって思うんです」

そう語るのは、キャリアコンサルタントの柴田登子(しばたたかこ)さん。キャリアカウンセリングや研修講師の仕事など引っ張りだこで、週に6日のペースで働いているそうだ。週6勤務では大変なのではないかと聞いたところ、「人生の目標である、生きづらい人をなくすことにつながる仕事をできている」という。

優勝取材時の柴田さん

コンテストの優勝と人生の転機

柴田さんは、トーストマスターズのスピーチコンテスト(日本語の部)で、2013年と2019年の2回優勝している。2019年のスピーチは、「夢のお姫様抱っこ」というタイトルを聞いただけで笑いたくなるような、ユーモアにあふれたものだった。そのスピーチで伝えていた「固定観念など捨てて自分らしく自由に生きよう」というメッセージは、生きづらい人をなくすという、柴田さんの人生の目標とも通じるものがあるのだろう。
(参考:2019年の優勝レポート

2019年優勝時の表彰式

それでは、コンテストの優勝が柴田さんの人生を激変させたのだろうか。柴田さんの言葉は少し意外なものだった。

「優勝したところで賞金をもらえるわけじゃないし、人生が激変するわけじゃないんです。優勝という結果を生かして、どう行動するかが大切。優勝したからって、何もしなくても仕事が入ってくるかと言うと全然そんなことはありませんでした」

英語を話せるようになりたくて始めたトーストマスターズ

柴田さんがトーストマスターズに入会したのは、2005年。広島県のメーカーで、物流企画部の派遣社員として勤めていた時のことだ。

「配属初日からフランスの部品メーカーとの会議に連れていかれて、何を言っているかは分かるけど、言葉が出てこなかったんです。慌てて英会話を始めたけど、週に1度ちょっと話したくらいでは、うまくなりようもないですよね。そこで商談ができるよう、英語を話せるようになりたいと英会話の先生に言った時に、見せてもらったのが英字新聞の記事。そこに載っていたのが、2005年に日本から初めてトーストマスターズの世界大会に進出した久松知香さんだったんですよ」

トーストマスターズのコンテストには英語の部と日本語の部がある。2005年は全国大会の英語の部で優勝した人が、初めて世界大会に進出することができた年だった。

柴田さんは、単身赴任で旦那さんが住んでいた岡山県のクラブを見学し、入会の決め手となる思わぬ出会いに恵まれることとなる。

「なんと久松さんがそこにいたんですよ。広島から岡山に転勤になったって言って。世界大会に進出を決めたスピーチをしてくれたんです。それを聞いて、なんじゃここは、こんなすごいスピーチを聞けるのって」

トーストマスターズの活動を始めた効果についても、柴田さんは話してくれた。

「海外の会社との折衝が多かったから、めちゃめちゃ仕事の役に立ったんですよ。英語でスピーチをするのに原稿を書いて推敲して、自分の口から何回もしゃべって練習していって。1年、2年で英語力が身についたんです」

組織運営の疑似体験とコンテストへの挑戦

トーストマスターズは、自分たちで自律的に運営する組織だ。運営に携わる役員は、クラブごとだけではなく、全体を統括する日本支部でも必要となっている。柴田さんは、2010年から2013年まで日本支部の役員を務めた。

「会社でマネジメントをしたことがなかったけど、疑似体験できるのが面白かったんですよ。組織の方針を作る、予算を立てるとか、知らない世界のこと。それをリアルに体験できたことが、今の仕事に生きていると思うんです。キャリアコンサルタントって、クライアント企業の中にある課題を洗い出し、フィードバックしなければいけない。そのためには、組織のことを理解しておく必要があって」

トーストマスターズでは、日本支部の役員はコンテストに出場できない。柴田さんは、2013年春に役員の任期を終え、2013年秋に全国大会の日本語の部で優勝したのだ。

「自分が役員をやったすぐ後にコンテストに出て優勝してみたかったんです。役員をになって話す機会が増えると、スピーチもできるようになることを立証したくて。それに日本語スピーチの面白さを感じるようになってもいたし。英語と比べて、自分の生きた言葉が使える。語彙で絶妙に表現できるのは、やっぱり母国語なんだなって」

コンテストに挑戦する中でも、フィードバックの受け止め方で久松さんから影響を受けていた。

「久松さんが英語、私は日本語でコンテストに出ていたんです。私は周りからフィードバックであれこれ言われて、えっ、何でそういうこと言うのって、いちいち聞き返していて。時々、イラっとする顔もしていたと思います。だけど久松さんは、どんだけムカッとしそうなことを言われても、言われたことを全部ふむふむとメモしていて。何でこの人こんなに人間できているんだろうってなって、自分の器の小ささを恥じていたんです」

2013年優勝時の表彰式

トーストマスターズとキャリア形成

全国大会で優勝した変化として、複数のクラブからワークショップの依頼が来るようになったという。その後の研修講師の仕事につながる経験となったそうだ。

「派遣社員として誰かのアシスタントとして働いていたので、ちゃんとしたプレゼンをしたことがほとんどありませんでした。それが優勝してワークショップを頼まれるようになって、プレゼンをやるようになってしまったんです。その場にいるのはチャンピオンの言っていることを聞きたいと参加してくれている人たちです。チャンピオンだからできて当たり前だよね、の期待に応えなきゃいけない。本当は慣れてなくてオタオタしているけど、そんな顔は一切見せられない。だから平気そうに話すことを繰り返していたら次第に慣れました。また、ワークショップでは、自分が持っている技法を1回頭の中から全部出して、言語化して教材に起こしたんです。話すことだけではなくコンテンツ企画もトーストマスターズで学べたのだと気づきました」

一方、自身のキャリアについては、迷いが生じていた時だった。

「キャリアの迷子になっていました。当時44歳で、ずっとこのまま派遣社員で自分の専門性を持たずに、アシスタントとして生きていって、私は満足できるのだろうかと。派遣社員として働けるのも50歳くらいまで。派遣先では正社員登用の話をもらっていたんだけど、現場は了承してくれても、人事がうんと言ってくれず毎回泣きを見ていました」

そこで柴田さんが目指したのが、キャリアコンサルタントとしての独立だ。

「転勤族の奥さんで、働けない女の人が当時いっぱいいたから、そういう人たちが働ける場所をつくる仕事をしたいと思っていて。知人から勧められて勉強し、2016年にキャリアコンサルタントの資格を取ったんです」

資格を取得した後、トーストマスターズの経験が仕事を見つけるのに役立ったという。

「キャリアコンサルタントには、人事系の研修で仕事の募集があったんです。ただし、カウンセラーになりたくてキャリアコンサルタントの資格を取った人の中には、話を聞くのは好きだけど人前で話すのは嫌だっていう人がけっこう多かったから、その分の仕事がどんどん回ってきて。職務経歴書にスピーチの全国大会で優勝と書いておくと、話せる人だと思ってもらえて、仕事を頼まれることもありました」

日本支部の役員を経験していたことも、仕事につながったそうだ。

「コロナ1年目の2020年に、研修が会場からオンラインでの開催に切り替わるなか、オンラインに慣れていたんですよ。日本支部の役員を務めていた時に、オンラインセミナーを運営していて。研修講師には急にオンライン研修なんてできませんって言う人が多かったから、仕事を依頼されることが増えました。2021年には対面での研修に戻っていったんだけど、今年もお願いしますと継続的にどんどん仕事が入ってきてく。今稼いでいる原点は、はっきり言ってトーストマスターズなんです。元をたどっていけば全部」

Linkedinで研修動画を配信する柴田さん

トーストマスターズの活動で身につくこと

トーストマスターズには先生がおらず、スピーチに対して相互にフィードバック(トーストマスターズでは「論評」という)を行う。この論評を通じて、スキルアップが期待できると話してくれた。

「論評をずっとやっていると、カウンセリングのスキルも知らないうちに身に着きます。カウンセリングって、この人の問題って何なんだろう、何に悩んでいるんだろう、本質って何って思いながら話を聞いていくでしょ。論評って、この人の伝えたいことって何だろうと思いながら聞いていくから、ほとんど同じ。その観点で聞いていて、あなたの伝えたいことってこれですよねっていうのを言語化するのが論評だから。だから論評のスキルで相談され上手になりましょう、というワークショップもトーストマスターズでやっています」

また、トーストマスターズでのスピーチや論評が、言語化の訓練になるという。

「自分の頭の中にあることを、適切に言語化するかが大切。自分に問いかけて、自分の感情がつらいとかうれしいとか、どういった状態にあるのか。自分の感情に名前をつけられると、物事をいったんひいてみて、自分は今興奮しているから落ち着かなきゃなど自分をマネジメントできるようになります」

取材中、終始楽しくお話しくださった柴田さん

トーストマスターズが人生の転機となったという柴田さん。英語を話せるようになりたくて始めた活動が、こんなにもキャリア形成の糧になるとは、柴田さん本人でさえ予想していなかったのではないだろうか。トーストマスターズへの取り組み方次第では、ビジネスのさまざまな場面で活用できるスキルを身に付けられそうだ。

(取材:木地 利光、撮影:栗本 朋子)