人前で話すことが苦手だった管理職、スピーチ力を磨いたトーストマスターズとは?

「人前で話すことには苦手意識がありました。話す機会があるたびに逃げたくなるくらい。そういう感情が湧かなくなったのは、間違いなくトーストマスターズのおかげだと思います」

お話くださったのは、日立製作所にお勤めの竹島 昌弘さん。新規事業創生に携わる部署の本部長としてご活躍されている。お仕事柄やお立場上、人前で話すことが重要になってきているという。

「新規事業は、理解されづらいんですよね。今までやったことのない仕事をするので。なぜ必要なのか、なぜやる意義があるのかを、関係者に理解し、納得してもらうには単に論理的に話せばいいものじゃありません。直接人の心にグサッと刺さるものがないと、人ってなかなか動かないですよね」

竹島さんがトーストマスターズを始められたのは、2016年。当時は部長職で、話すことへの苦手意識を克服したいと思っていらっしゃったそうだ。トーストマスターズとの出会いを通じて、どのようにして苦手意識を克服し、成長してきたのかを話してくださった。

取材にご協力くださった竹島さん

トーストマスターズを始めたきっかけは、同僚からのお誘い

竹島さんが所属しているのは、日立製作所の企業内クラブであるビッグツリートーストマスターズクラブ。以前同じ部署で働いていた同僚から誘われて、見学してみたそうだ。

「トーストマスターズのことをよく分からないまま参加したのですが、正直かなりびっくりしました。進行中にいきなり握手をしている人がいて、これは体験したことのない世界だなと。まあそれでも、同じ会社の人たちだから変な人もいないだろうと思いました。ちょうどその時の定例会で、外部からベテランのトーストマスターがゲストで参加されていて、人を引き付ける話し方に魅了されてしまったんです。また、テーブルトピックスという、その場で提示されたお題に即興で答えるセッションでは、がむしゃらに話してみたら、最もよく答えていたと表彰されました。会社員が表彰される機会なんて、そうそうないじゃないですか。拍手してもらって心地よくなってしまいました」

トーストマスターズを始める決め手となったのは、話すことを苦手なままにしておきたくないという思いだったという。

「恥ずかしがり屋で引っ込み思案で、人前で話すのが苦手な自分を変えたいという思いはずっとありました。トーストマスターズに出会ったのは、ちょうど父が亡くなった時。人とつながりを持ちつつ、自分を鍛えられる場を探していたので、これは父からのプレゼントだと思い、トーストマスターズを始めることにしました」

ビックツリートーストマスターズクラブでの活動(社内でのPRイベントにて)

成長の起爆剤となった“鬼”メンターとの出会い

トーストマスターズにはメンター制度があり、新規会員は教育担当のメンターからスピーチ作成の指導を受けられる。竹島さんのメンターは、スピーチコンテストの全国大会で優勝経験のあった柴田 登子さん(参考リンク:派遣事務職から売れっ子フリーランスに、人生の転機となったトーストマスターズ)。

「父が亡くなったという、自分にとっては思い入れのあるスピーチをした時でした。柴田さんからは全然ダメだと辛口のコメントで、この人は鬼なんじゃないかと。ただ、柴田さんは自身がスピーチをするときも、『ダメなところは徹底的に言ってほしい、改善してスピーチをよくしていきたい』という姿勢だったんです。その姿勢をみて、いつも厳しく接するのは、いじめてやろうとか、上から目線とかではなく、スピーチをよくしたいという純粋な思いからだったんだと痛感しました。これは、愛のムチなんだと。次こそは柴田さんに褒めてもらえるようにと、自分を奮い立たせることができたと思います」

スピーチコンテストから得られた学び

竹島さんは、継続的にスピーチコンテストに出場している。コンテストへの思いについても話してくださった。

「企業内クラブだからか、クラブ内に積極的にコンテストに出場しようという人は多くありません。自分がコンテストに参加して背中を見せることで、もっと挑戦しようと思ってくれる人が出てきてほしいです。また、コンテストでは1つのスピーチを深堀することで、自分自身と向き合い、自己理解を深めることができます。例えば、過去のコンテストで、中学3年生の時に夏休みの自由研究に没頭したことについてスピーチを作りました。当時の母は、『受験前の大事な時にそんなことやってる場合じゃないでしょう!』と言われて随分と衝突したんです。ところが、昨年の夏に帰省してアルバムをみていたら、自由研究に没頭していた時の勉強机の写真を母がこっそり撮っていて、その写真の下に『遅い時間まで随分と頑張っているわね』とコメントが書かれているのを見つけました。今だからこそ、母は結果的に見守ってくれていたんだと、母の思いを理解することができます。そして、自分は子供のことをどう見ているのかと、視野を広げることができました」

うまくいかないことこそ成長に

トーストマスターズの経験が、話すことへの苦手意識を克服するのに、どう効果的だったのだろうか。

「まずは場数。月2回のクラブ活動には、最優先の予定として休まずに参加するようにしています準備スピーチでも、テーブルトピックスという即興スピーチでも、話した後にあー言っておけばよかったと必ず後悔は尽きません。こうした悔しさも、仕事では感じることが少なくなってきました。悔しさがあるから、今度こそもっとうまく話せるようにと次につなげることができます」

スピーチコンテストを通じて、人前で話すことへの自信がついてきたそうだ。

「クラブ内の予選を通過し、複数のクラブが集まるエリアコンテストでも優勝。全国大会の1つ前のディビジョンコンテストまで進むことができました。自分のスピーチが受け入れられるんだって、人前で話すことに自信が持てるようになったんです。人前で話すのって必ずしも苦手じゃないかもしれないなと」

スピーチコンテストでも、うまくいかないからこそ、成長できることがあるという。

「2017年に、ほら吹きスピーチという、作り話で人を楽しませるスピーチのコンテストでディビジョンコンテストに進むことができた時です。自分も乗ってきていたので、ディビジョンコンテストで優勝して全国大会に進み、伝説を作ってやるぜと思っていました。それでも結果を出せずに、全然ダメだったとちょっと泣きそうになっていたら、妻が言ってくれたんです。『今日はお祝いしましょ!最近こんなに挫折することないでしょ。簡単に優勝できない場を見つけたってのは、まだまだ伸びしろがあるってことだし、最高のものを見つけたってことよ』」

ほら吹きスピーチの時の竹島さん

トーストマスターズで磨いたタイムマネジメント力とフィードバック力

人前で話すことへの自信以外にも、トーストマスターズで得られた学びについて話してくださった。

「所定時間内に伝えるというタイムマネジメント力を鍛えることができました。トーストマスターズでは、準備スピーチでは7分、論評というスピーチへのフィードバックでは3分など、話す時間が定められています。いかに自分の持ち時間の中で伝えるかの感覚を身に付けることができました。仕事で資料と持ち時間を確認すれば、話す速さと伝え方を考えて、所定時間内に話を終えられています。また、論評から学んだことも大きいです。トーストマスターズでは、スピーチの良かった点と改善点の両方を伝えるように論評します。良かった点を伝えて、スピーカーにこちらの話を聞く気持ちになってもらってから、具体的にどうやったらもっと良くなるかを助言するためです。仕事でも、発表会や報告会などで何人もの発表を聞いてフィードバックする際に、良かった点と改善点の両方を伝えるようにしています」

話し方からも魅力を感じさせられた竹島さん

仲間とともに成長し続ける場としてのトーストマスターズ

竹島さんが所属するビッグツリートーストマスターズクラブは、会員数およそ40名と日本最大級のクラブ。竹島さんが声をかけて入会した会員も少なくないという。

「この人は向上心があるし、一緒に楽しく活動してくれそうだと感じた人に積極的に声をかけています。自分が始めたのは40代後半だったので、もう少し早くトーストマスターズを経験しておけば、得られるものもいっそう大きかったと思うので、社会人2~3年目などの若手社員を誘うことも多いです。そうした人と一緒に活動することで、クラブが活気づいて、相互に高め合っていけるんだと思います」

竹島さんが活動を続ける理由についても教えてくださった。

「人に伝える力って、上限がない気がするんですよ。スティーブジョブスくらいまでになれば別かもしれませんが。そうした一流のスピーカーと比べると、自分はまだまだじゃないですか。だからもっと学ぶことがあるんじゃないかと。自分は、今が最高点だとも思いません。もう学ぶことがないと満足してしまったら終わりです」

トーストマスターズを通じてどこまでも成長し続ける竹島さん。竹島さんの成長と活躍には終わりがないのだろう。

(取材:木地 利光、撮影:栗本 朋子)